愛猫・やっちゃんが亡くなりました

10月10日に愛猫のやっちゃんが亡くなりました。12歳でした。夏に膀胱炎を繰り返すようになり、病院に通うなかで腎臓病にかかっていることが分かりました。さらには腹水と脾臓の腫れもあると伝えられました。脾臓に腫瘍ができている可能性がありましたが、腫瘍の有無を調べる手段である腹水は、採取できるほどの量がなく、その時点ではお腹を切開して調べるしか確定診断の方法がないとも。

いっぽうで、お腹を切開して脾臓を摘出したとしても、すでに腫瘍が転移しているケースが多々あることや、手術そのものが死につながるリスクについても説明されました。結局、病気を特定できないまま、抗生物質などの投薬を始めましたが、しばらくすると肝臓にも腫れがみられるようになり、さらには食べる量も激減。もっといい治療方法はないのか?どうにかして食べさせる方法はないのだろうか?とオロオロしているうちに、どんどん元気がなくなり、そして亡くなってしまいました。亡くなったのは、10月10日の深夜2時頃です。夜中に呼吸が荒くなっていることに気づき、タクシーで夜間救急に向かいましたが、車中で呼吸が止まり、そのまま息を引き取りました。病気が分かってから亡くなるまでは、本当にあっという間でした。

動かなくなったやっちゃんと自宅に戻った後、濡れタオルで体を拭いてやり、クッションを敷いた段ボールにやっちゃんの亡骸を寝かせました。やっちゃんを寝かせた段ボールは私のベッドの傍らに安置し、私もベッドに横になりました。やっちゃんは1ヶ月以上、あまり食べられない状態が続いていたので、彼女がよく食べていたフードを器に盛り、亡骸のそばに添えました。

亡くなる3日前の写真。具合が悪くなってから暗い場所を好むようになったので、部屋の中にテントを置いていました

やっちゃんは、千葉県で保護活動をされている方から2023年11月に譲り受けた猫です。「猫エイズ」とも呼ばれる「猫免疫不全ウイルス感染症/FIV」にかかっていることを知らされていましたが、人懐こくてとても可愛い子だったので、うちに来てもらいたいと思いました。譲り受けてから2〜3週間もする頃には、新しい環境にも私にも慣れてくれて、私のベッドの上でへそ天でぐーぐー眠ったり、ゴロゴロと喉を鳴らしながら擦り寄ってきたりするようになりました。私にとっては一番の宝物のような存在になり、どこかへ出かけても「やっちゃんが待っているから早めに帰ろう」と思うようにもなりました。私にとってやっちゃんは、世界一可愛い猫でした。

そんなにも大切で可愛いやっちゃんが、あっという間に亡くなってしまった。亡くなった直後から、悔やまれる思いがずっと続いています。うちの環境は、本当はやっちゃんには合わなかったんじゃないのか。出張や旅行に出かける時はペットシッターさんに来てもらっていたけれど、長時間の私の不在は、やっちゃんにとって大きなストレスになったのではないか。やっちゃんが好むフードを積極的に与えてしまったから、栄養面で問題があったんじゃないか。病気になった後、もっと早く苦しさから解放してあげる方法はなかったのか。そうした思いがぐるぐると頭の中を巡っています。

ただ、そんな中でも、心が救われる瞬間がありました。一つ目は、やっちゃんを火葬した時。この日はよく晴れていて、夜になっても空には雲がほとんど出ていませんでした。火葬炉から立ち上る煙を目で追って空を見上げると、キラリと輝く星々があり、「やっちゃんもあの一つになったんだな。今頃、空に昇ってゆっくりしているんだろうな」と感じました。その瞬間、波立っていた心がすーっと落ち着き、少しだけ涙がひいたのを覚えています。もう一つ目は、保護主さんにやっちゃんの逝去を報告した時。「最期はおがたさんの傍で看取ってもらうことができて幸せでしたね。やっちゃんを大切に可愛がってくれてありがとうございました。おがたさんの家族に迎えてくださってとても感謝しています」と言ってくれた。この時、やっちゃんも少しは幸せを感じてくれていたのかな、うちにお迎えしてよかったのかもしれないな、と思うことができました。

亡くなった翌日の10月11日の夜にやっちゃんをお骨にしました。お花は、通っていた動物病院の先生が送ってくれました

以前にどこかで、「亡くなった人について話すことが供養になる」という話を聞いたことがあります。やっちゃんのこれまでのことを思い出して書き残すことが、やっちゃんの冥福につながればいいなという思いで、この文章を書きました。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です